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なぜ私たちは幸福を求めて不幸になるのか?(脳の機能とリベットの実験)(重要度★★★:MAX)
本記事では、上記の『なぜ私たちは幸福を求めて不幸になるのか?(脳の機能とリベットの実験)』について、学術的な視点から解説を加えます。より踏み込んだ専門的な内容については、記事内のリンクから詳細記事をご覧いただけます。
この記事の要約
【ここを開く】
- 脳科学最大の謎である「意識(クオリア)」は、外部情報と記憶・予測を統合し、生存戦略のために「想像上のスクリーン」として生まれた、複雑な分散型ネットワーク機能であると考えられます。
- ベンジャミン・リベットの実験は、私たちが行動を「決めよう」と意識する0.35秒前に脳が無意識に決定していることを示し、「自由意志は幻想か?」という哲学的・科学的議論を引き起こしました。
- 「自由意志」の存在が揺らぐ中でも、幸福感に不可欠な「自己決定感」を維持するため、セリグマンの「説明スタイル」を意識的に活用し、物事を楽観的に捉える認知戦略が有効となります。
問題提起・結論・理由
【ここを開く】
問題提起
私たちは「自分で決めている」と信じています。しかし、脳科学はそれに根本的な疑問を投げかけています。「意識」とは一体何で、AIにも宿るのでしょうか?
ベンジャミン・リベットの有名な実験は、私たちが「決めよう」と意識するよりも先に、脳が無意識に活動を始めていることを示しました。これは、私たちの「自由意志」が単なる幻想である可能性を意味します。この記事では、この脳科学最大の謎と、幸福感との関係を探ります。
結論
「自由意志」が科学的に幻想だとしても、幸福には「自己決定感」が不可欠です。重要なのは、幸福になるための「説明スタイル」を持つことです。
理由
1983年にさかのぼります。リベットの実験は、私たちが「指を曲げよう」と意識する0.35秒も前に、脳が「準備電位」という無意識の活動を開始していることを示しました。これは、「意識」が単に無意識の決定を「後始末」しているだけの錯覚に過ぎない可能性を示唆しています。この科学的な事実に私たちは向き合う必要があります。
科学的根拠も用いて詳しく解説します。
「意識」とは何か?
現代の医学をもってしても、脳機能のすべてが解明されているわけではありません。その最大の謎(あるいは、最も根本的な謎)の一つが「意識」の問題です。特に『主観的な体験(クオリア)』が、脳という物理的な器官からどのようにして生まれるのかは、現代科学における最大の難問の一つとされています。
→【補足記事1】意識の「ハード・プロブレム(難しい問題)」とは
意識とは、自分と自分を含む周囲の状況を認識できている状態のことです。この意識がどのようにして生まれるのか、医学的に解明することはとても難しいのです。解明ができないため、例えばコンピュータに意識をプログラムで再現することもできませんし、AIが高度化したら意識が生まれるのかどうかも、誰も正確に予言できません。
動物の意識は、獲物を効率よく捕獲するために生まれたと言われています。もし、視覚などの感覚器官が捉えた情報だけにしか反応できないとすると、獲物を効率よく捕獲できません。獲物を捕獲するには、例えば追いかけた獲物が岩に回り込んで視界から消えても、「おそらくあちらに行くだろう」と推測して回り込むような行動が必要になります。これは、外部からの感覚情報と、将来予測や過去の記憶とが一体となる現象です。現実とは別の仮想世界、例えるなら「想像上のスクリーン」が必要になります。それが意識です。
→【補足記事2】意識の「グローバル・ワークスペース理論」
意識があれば、自我(自意識)が芽生える土台となります。人類は、この意識を集団生活の中で発展させ、共感や恥、プライドといった自己意識感情を発展させました。それが人間の脳を飛躍的に発展させたのです。
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脳の機能は「分業」か「全体」か?
少し話題を変えましょう。かつて、『左脳は論理、右脳はイメージ』といった単純な機能局在論が信じられていました。一方で、脳を損傷しても別の領域が機能を代行する(可塑性)例から、機能は脳全体で担われているという全体論も存在しました。現代の主流な考え方は、これら二つを統合した『ネットワーク理論』です。
特定の機能(例:視覚)は、特定の領域(例:視覚野)が「ハブ」として中心的な役割を担いますが、それ単体で完結しているのではなく、脳の他の様々な領域とネットワークを組んで初めて機能するという考え方です。脳の機能は、オーケストラのように、個々の楽器(領域)と全体の調和(ネットワーク)によって成り立っているのです。
→【補足記事3】脳の「ネットワーク理論」とコネクトーム
『司令塔』のような単一の領域は見つかっていませんが、それは脳が『司令塔』を必要としない分散型のネットワークシステムであるためだと考えられています。このように考えると、意識の象徴である「心と体」「理性と本能」「意識と潜在意識」といった二元論的な区分は、脳科学としてはあまり意味がないと考えることもできるのです。
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私たちに「自由意志」は存在するのか?
しかし、物事はそのように単純でもありません。 前に、脳は一体として意識を生んでおり、意識と無意識などを区分するのは意味がないかもしれないと記載しました。ですが、そもそも意識はまやかしに過ぎず、私たちには何かを自由に決定することなどできないかもしれないのです。
人間には自由意志は存在しないとする「決定論」の立場の人は、過去も現在も意外と多くいます。決定論の立場からは、現代の出来事はすべて過去の出来事から生じた必然的な結果であり、人間は、因果的・自然法則的に決定されている事象を、あたかも「自分の意識」の中で決定したかのように錯覚している動物である、と定義づけられます。「そんな馬鹿な。私は今朝から色々自分で自由に決定してきた」と皆様は思うかもしれません。しかし、この決定論を後押しする有名な研究があります。
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リベットの実験が示した衝撃的な結果
| 発生タイミング |
観測される現象 |
脳科学的な状態 |
| 動作の0.55秒前 |
準備電位(RP)の出現 |
無意識下で脳が動作の準備を開始している(決定の先行)。 |
| 動作の0.20秒前 |
意識的な意図の自覚 |
本人が「今、決めた」と主観的に認識する瞬間 |
| 動作時(0.00秒) |
筋肉の活動開始 |
物理的な行動としての表出 |
1983年にさかのぼります。ベンジャミン・リベットが行った実験です。
- 被験者は「自分が好きな時に」指を曲げます。
- 被験者は、脳の運動野と手首にセンサーを取り付けています。
- 被験者が「指を曲げよう」と自覚した瞬間の時間も計測します。
→【補足記事4】ベンジャミン・リベットの実験の詳細
その結果、平均的に動作を始める0.2秒前には、「指を曲げよう」という意識のシグナルが現れました。これは予想通りです。しかし、この意識的な決定をする、さらに0.35秒前(つまり動作の0.55秒前)には、無意識の「準備電位(RP:Readying Potential)」が現れていたのです。つまり、私たちが「決めよう」と意識するよりも前に、脳はすでに「指を曲げる」決定を無意識的に行っていたことになります。
このリベットの実験を受けて、他の科学者も様々な手法で実験を行いました。意識的な決定の前に脳活動が先行するという現象自体はおおむね確認されましたが、その『解釈』、すなわちそれが『自由意志の不在』を直接的に証明するのかどうかについては、今も科学者や哲学者の間で激しい議論が続いています。
→【補足記事5】リベットの実験への反論と「拒否権(Veto)」
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「意識」は「無意識の決定」の後始末か
もちろん、この実験については、その実験方法や解釈に疑問の声も上がりました。しかし、人間の日常的な多くの動作、例えば、コップを持ち上げて水を飲む、あるいは洗濯物を取り込むといった動作は、無意識で行っていると私たちは感じます。「水が飲みたい」「洗濯物を取り込もう」ということを意識として感じるのは、とっさに起こした行動を納得させるための「言い訳」のような気がしないでしょうか?多くの哲学者や科学者は、ベンジャミンの実験前から「自由意志は実は単なる幻想ではないか?」と考えていました。ベンジャミンの実験はそれを後押ししたのです。意識は錯覚であり、全ての行動は無意識で行われている。意識はその後始末をしているだけだ、と……
→【補足記事6】脳科学以前の「無意識」の探求
もっとも、リベットやその他の学者も、個人のレベルでは、無意識で起こる行動は意識で補正できる、あるいは「拒否できる」(Veto)と考えています。しかし、強固な決定論者は、その「拒否」も含めて総体としては、個人は遺伝子により支配され、地球も個人も物理法則にしたがうと考えているのです。
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自由意志と幸福感の厄介な関係
この自由意志の問題は、私たちの「幸福感」と密接に結びつくから厄介です。「自己決定感」、つまり「自分で決めた」という感覚は、幸福の全ての根幹をなします。また、目標達成などで感じるドーパミンがもたらす幸福感はとても強いものです。もし人間には自由意志が存在しないとなれば、幸福感は、遺伝子が私たちを操るための「道具」にしか思えなくなってしまいます。
→【補足記事7】「自己決定感」と幸福:自己決定理論
しかし、無意識にコントロールされていたとしても、結局は私たちは幸福を追い求めざるを得ない動物である、とも考えられます。
→【補足記事9】「決定論」と「創発」:物理法則を超えて
従って、心理学者のセリグマンが提唱した「説明スタイル」の考え方を引用すれば、 「自分にとって良い出来事が起きたときには、自分のおかげで、その状況は永続的・普遍的に続くと考え、自分にとって悪いことが起きたときには、外的に最初から決められていたことであり、一時的・特異的ととらえる」 という考え方こそが、最も人間を幸福にするものだと思われます。
→【補足記事8】セリグマンの「説明スタイル」と学習性楽観主義
| 出来事の性質 |
楽観的説明スタイル(幸福度高) |
悲観的説明スタイル(幸福度低) |
| 良い出来事 |
「自分のおかげだ」
(永続的・普遍的・内的) |
「たまたま運が良かった」
(一時的・限定的・外的) |
| 悪い出来事 |
「たまたま起きた不運だ」
(一時的・限定的・外的) |
「いつも私はこうだ」
(永続的・普遍的・内的) |
(参考)本稿における『意識の機能と自己決定』の論理構造総括
| 考察の柱 |
内容の要旨 |
| 意識の進化的機能 |
意識とは、予測と記憶を統合する「想像上のスクリーン」であり、複雑な環境下での生存戦略として創発された分散型ネットワーク機能である。 |
| 自由意志への疑義 |
リベットの実験は、意識的決定に先んじて脳が活動を開始していることを示し、自由意志が事後的な錯覚である可能性を突きつけた。 |
| 主体的幸福の再構築 |
物理的な決定論に抗い、幸福の源泉である自己決定感を維持するためには、解釈の枠組み(説明スタイル)を意図的に選択する知的な戦略が不可欠となる。 |
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