
【学術データ】リュボミルスキーの50-10-40モデル,遺伝率,批判的検討に関する論文集
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幸福の方程式(遺伝・環境・意図的活動)についての網羅的な詳細解説(メイン記事へ)
記事に使用した各種の学術研究・論文(その16)(重要度★☆☆)
ソニア・リュボミルスキー博士の「幸福の方程式」における遺伝・環境・行動の構成比率について、統計的根拠と学術的背景を解説。双生児研究からの導出プロセスや、セットポイント理論への批判、近年の再評価(遺伝子×環境相互作用)を含む詳細な研究データを網羅します。
1-6.学術から考える幸福の方程式:モデルの構築と批判的検討
この記事では、ソニア・リュボミルスキー博士らが提唱した「幸福の構成要素モデル(The Sustainable Happiness Model)」について、その学術的背景、各要素の統計的根拠、および近年の学界における批判的議論を含めて詳細に解説します。
幸福の方程式:モデル構築の背景と学術的意義
2005年、ソニア・リュボミルスキー(カリフォルニア大学)、ケン・シェルドン(ミズーリ大学)、デビッド・シュケード(カリフォルニア大学)の3氏は、『Review of General Psychology』誌において画期的な論文を発表しました。それまでの幸福研究が「誰が幸せか(相関関係)」や「幸福は遺伝で決まるか(決定論)」に焦点を当てていたのに対し、彼らは「幸福はどの程度変えることができるか(変動可能性)」という問いに対し、既存の文献を包括的にレビューし、一つの統合モデルを提示しました。
これが、通称「幸福の方程式(パイチャート・モデル)」です。このモデルの最大の学術的貢献は、幸福の決定要因を「遺伝」「環境」「活動」の3つに大別し、それぞれの分散説明率(寄与率)を推定した点にあります。本稿では、このモデルの各要素について、一般向けの解説では省略されがちな統計的解釈と、その後の研究による修正・批判の変遷を紐解きます。
1. 遺伝的設定値 (Set Point): 50% の統計的解釈
リュボミルスキーらが提示した「50%」という数値は、ミネソタ双生児研究(Lykken & Tellegen, 1996)をはじめとする行動遺伝学の知見に基づいています。ここで極めて重要なのは、この数値は「ある個人の幸福の半分が遺伝で決まっている」という意味ではなく、「集団内の幸福度のばらつき(分散)の約50%が、遺伝的な違いによって説明できる」という統計的な意味である点です(Heritability)。
: [幸福のベースライン]:[遺伝的設定値50%のメカニズム](メイン記事へ)
「幸福のセットポイント」理論の確立
この遺伝的影響の強さを説明するために導入された概念が「セットポイント(基準値)」です。体重がダイエット後も元の数値に戻ろうとするのと同様に、幸福度も一時的なイベント(結婚や昇進、あるいは事故)の後、時間の経過とともに個人の持つ基準値へと回帰する恒常性(Homeostasis)が働くと考えられています。この発見は、「どれだけ環境を変えても、長期的な幸福度は変わらないのではないか」という「遺伝的決定論」を学界に突きつけることになりましたが、後述する「意図的行動」の余地を示すための重要な前提条件ともなりました。
関連する代表的な学術研究
- Lykken, D., & Tellegen, A. (1996). Happiness is a stochastic phenomenon. Psychological Science, 7(3), 186-189.
- ミネソタ双生児登録研究から、一卵性双生児と二卵性双生児を対象に幸福感の遺伝率を推定。
- 幸福感の遺伝率は約44-52%と推定され、幸福感の個人差の約半分は遺伝的要因によって説明されることが示唆された。
- 一卵性双生児は、異なる環境で育った場合でも、幸福感のレベルが類似している傾向にあった。
- 幸福感は、環境要因によっても影響を受けるが、その影響は一時的であり、長期的には遺伝的に決まった設定値に戻る傾向がある(ヘドニック・トレッドミル)。
- 人生の大きな出来事(結婚、離婚、失業など)は一時的に幸福感に影響を与えるが、時間の経過とともに元のレベルに戻る傾向が確認された。
- 幸福感は、確率論的な現象であり、遺伝的要因と環境要因、そして個人の行動や選択が複雑に絡み合って決まる。
- Tellegen, A., Lykken, D. T., Bouchard, T. J., Wilcox, K. J., Segal, N. L., & Rich, S. (1988). Personality similarity in twins reared apart and together. Journal of Personality and Social Psychology, 54(6), 1031.
- ミネソタ双生児登録研究から、共に育った一卵性双生児と、別々に育った一卵性双生児を対象に、様々な性格特性の遺伝率を調査。
- 幸福感を含む多くの性格特性において、別々に育った一卵性双生児が、共に育った二卵性双生児よりも類似していることが示された。
- 幸福感の遺伝率は約40%と推定され、個人差のかなりの部分が遺伝的要因によって説明できることが示唆された。
- 性格特性の個人差は、遺伝的要因だけでなく、非共有環境(個々の経験)によっても影響を受ける。
- 双生児が共有する環境は、性格特性の類似性にほとんど影響を与えない。
- Røysamb, E., Nes, R. B., & Vitterso, J. (2014). Genetics, personality and wellbeing. A twin study of traits, facets and life satisfaction. Scientific Reports, 4, 4562.
- Nes, R. B., Røysamb, E., Tambs, K., Harris, J. R., & Reichborn-Kjennerud, T. (2006). Subjective well-being: Genetic and environmental contributions to stability and change. Psychological Medicine, 36(7), 1033-1042.
- ノルウェーの双生児を対象に、主観的幸福感の安定性と変化に対する遺伝的要因と環境要因の影響を調査。
- 主観的幸福感の個人差の約50%が遺伝的要因によって説明され、残りの50%は環境要因によって説明された。
- 主観的幸福感は時間的に安定している傾向があるが、その安定性の約80%は遺伝的要因によって説明された。
- 主観的幸福感の変化は、主に非共有環境(個々の経験)によって引き起こされる。
- 主観的幸福感は、遺伝的要因によってある程度安定しているが、環境要因によって変化する可能性もある。
- Lucas, R. E., & Donnellan, M. B. (2007). How stable is happiness? Using the STARTS model to estimate the stability of life satisfaction. Journal of Research in Personality, 41(5), 1091-1098.
- ドイツ社会経済パネル調査のデータを用いて、生活満足度の安定性と変化を、特性-状態-機会-誤差(STARTS)モデルを用いて分析。
- 生活満足度の個人差の約39%が、安定した特性(遺伝的要因や性格特性など)によって説明された。
- 生活満足度の約29%が、状態的な変動(一時的な気分の変動など)によって説明された。
- 生活満足度の約32%が、測定誤差によって説明された。
- 生活満足度は、ある程度の安定性を示すものの、時間とともに変化する可能性もある。
幸福のセットポイントに関連する学術研究
- Headey, B., & Wearing, A. (1989). Personality, life events, and subjective well-being: Toward a dynamic equilibrium model. Journal of Personality and Social Psychology, 57(4), 731-739.
- オーストラリアの成人を対象とした8年間の縦断研究である。
- 幸福感は、性格特性、人生の出来事、および個人のベースラインレベル(セットポイント)によって予測されることが示された。
- 性格特性が安定している場合、人生の出来事は一時的に幸福感を変動させるが、個人は徐々に元のベースラインレベルに戻る傾向が示された。
- この研究は、動的平衡モデルを提案し、幸福感が安定性と変化のダイナミクスを持つことを実証した。
- 幸福感のベースラインレベルに影響を与えることが示された。外向性が高い人は幸福感のベースラインが高く、神経症的傾向が高い人はベースラインが低い傾向が見られた。
- Fujita, F., & Diener, E. (2005). Life satisfaction set point: stability and change. Journal of Personality and Social Psychology, 88(1), 158-164.
- Lucas, R. E., Clark, A. E., Georgellis, Y., & Diener, E. (2003). Reexamining adaptation and the set point model of happiness: reactions to changes in marital status. Journal of Personality and Social Psychology, 84(3), 527-539.
- ドイツの社会経済パネル調査のデータを使用し、結婚や離婚などの配偶関係の変化に対する幸福感の反応を調査した研究である。
- 結婚は幸福感に大きなプラスの影響を与えるが、その効果は時間とともに減少し、数年後にはベースラインレベルに戻る傾向が示された。
- 離婚は幸福感にマイナスの影響を与えるが、その影響も時間とともに減少する傾向が確認された。
- 配偶関係の変化に対する反応には個人差があり、一部の個人は大きな変化を示す一方、他の個人はほとんど変化を示さないことが明らかとなった。
- この研究は、ヘドニック・トレッドミル現象を支持しつつ、セットポイントへの回帰速度や程度には個人差があることを示した。
- Diener, E., Lucas, R. E., & Scollon, C. N. (2006). Beyond the hedonic treadmill: revising the adaptation theory of well-being. American Psychologist, 61(4), 305-314.
- これまでの幸福感に関する適応理論とセットポイント理論を再検討し、新たな視点を提示した総説論文である。
- 幸福感は遺伝的要因や性格特性だけでなく、個人の価値観、目標、対処方略などによっても影響を受けることが指摘された。
- 生活環境の変化は幸福感に長期的な影響を与える可能性があり、セットポイントが完全に固定されているわけではないことが示唆されている。
- 幸福感には個人差が大きく、セットポイントへの回帰速度や程度も人によって異なることが強調された。
- 個人の意識的な努力や行動が幸福感の向上に寄与する可能性が示唆され、より動的で可変的な幸福観が提示された。
[個体差の科学的根拠]:[幸福のセットポイントの分布と要因](メイン記事へ)
[科学的課題と限界]:[セットポイント理論や介入への批判的考察](メイン記事へ)
2. 環境要因 (Circumstances): 10% と「快楽順応」のパラドックス
なぜ、収入や社会的地位、居住地といった「環境」は、幸福度のわずか10%しか説明しないのでしょうか。その理論的支柱となっているのが「快楽順応(ヘドニック・トレッドミル)」です。
1971年、BrickmanとCampbellは「宝くじの当選者」と「事故で麻痺を負った人々」の幸福度を比較し、長期的には両者の幸福度が健常者の対照群とそれほど大きく変わらないという衝撃的なデータを発表しました。人間には変化に対して驚異的な適応能力があり、ポジティブな変化もネガティブな変化も、やがて「日常」として知覚され、感情的なインパクトを失います。
[外的要因の影響力]:[環境要因10%と快楽順応の真実](メイン記事へ)
理論の修正:セットポイントは中立ではない
初期の理論では、順応によって感情は「中立(プラスマイナスゼロ)」に戻るとされていました。しかし、Dienerらのその後の研究(2006)により、多くの人々のセットポイントは中立よりもやや「正(ポジティブ)」の領域にあること、そして離婚や失業などの重大なライフイベントは、セットポイントそのものを長期的に変化させる(完全には順応しない)可能性があることが示唆されています。それでもなお、環境要因の説明率が低いという結論は、物質的な豊かさを追求する現代社会の価値観に対し、経済学的・心理学的な再考を促す強力なエビデンスとなっています。
環境要因に関連する学術的根拠
- Diener, E., Sandvik, E., Seidlitz, L., & Diener, M. (1993). The relationship between income and subjective well-being: Relative or absolute?. Social Indicators Research, 28(3), 195-223.
- 内容: 本研究は、アメリカ国内の調査と国際比較調査のデータを用いて、収入と主観的幸福感の関係を、絶対所得と相対所得の両面から分析したものである。
- 結果: 収入と幸福感には正の相関が見られるものの、その相関は比較的弱く(特に高収入層では弱い)、収入の増加が幸福感の増加に必ずしもつながらないことが示された。また、相対所得(他人との比較)が幸福感に影響を与える可能性も示唆された。
- リュボミルスキーの主張との関連: 本研究は、収入という重要な環境要因が幸福感に与える影響が限定的であることを示している。リュボミルスキーは、この研究を含む複数の研究結果を基に、収入などの物質的豊かさが幸福感に与える影響は小さいと判断したと考えられる。特に、一定以上の収入レベルでは、収入増加が幸福感にほとんど影響を与えないという点は、「幸福の方程式」における環境因子の寄与率の低さを支持する根拠の一つとなっている。
- Campbell, A., Converse, P. E., & Rodgers, W. L. (1976). The quality of American life: Perceptions, evaluations, and satisfactions. Russell Sage Foundation.
- 内容: 本研究は、アメリカの大規模調査データを用いて、生活の質(Quality of Life)を多面的に調査した、社会指標研究の古典的研究である。教育レベル、職業、収入、健康状態、人間関係など、様々な要因と生活満足度との関係が分析されている。
- 結果: 教育レベルと生活満足度の間には弱い正の相関しか見られなかった。
- リュボミルスキーの主張との関連: 本研究は、教育レベルという、個人の能力や社会的地位を反映する重要な要因が、生活満足度に与える影響が限定的であることを示している。リュボミルスキーは、この研究結果も、教育レベルを含む環境要因の影響が小さいと判断する根拠の一つとした可能性がある。
- Mastekaasa, A. (1994). Marital status, distress, and well-being: An international comparison. Journal of Comparative Family Studies, 25(2), 183-206.
- 内容: 本研究は、国際比較調査のデータを用いて、婚姻状況と主観的幸福感(特に精神的苦痛と生活満足度)の関係を分析したものである。
- 結果: 既婚者は未婚者よりも幸福度が高い傾向にあるものの、その差は比較的小さいことが示された。また、国によって差の大きさが異なることも示された。
- リュボミルスキーの主張との関連: 本研究は、結婚という人生における重要なイベントが幸福感に与える影響が、従来考えられていたほど大きくない可能性を示している。リュボミルスキーは、結婚を含む人間関係が幸福感に影響を与える重要な要因であることは認めつつも、その影響の大きさは限定的であると判断し、環境因子の寄与率を低く見積もったと考えられる。
3. 意図的行動 (Intentional Activities): 40% の可能性と論争
リュボミルスキーのモデルにおいて最も革新的だったのは、残された40%の変動要因として「意図的行動」を特定した点です。環境への変化(より良い家に住むなど)は「静的」であるため早期に順応が生じますが、意図的行動(感謝する、努力する、運動するなど)は「動的」であり、かつ変化に富んでいるため、快楽順応を遅らせたり回避したりすることが可能であると論じられました。これはポジティブ心理学介入(PPIs)の理論的根拠となり、多くの実践的な幸福度向上プログラム開発へと繋がりました。
「40%」に対する現代の批判的検討
しかし、近年この「40%」という数値に対しては、学術的な再評価が進んでいます。
BrownとRohrer(2019)は、遺伝と環境は独立した要素ではなく相互に影響し合う(遺伝子×環境相互作用)ため、きれいに数値を切り分けることは不可能であると指摘しました。また、彼らは測定誤差などを考慮すると、意図的行動が説明できる割合はもっと低い可能性があると論じています。
これに対し、リュボミルスキー自身も「40%等の数値はあくまで概念的なガイドライン(大枠の目安)であり、厳密な科学的定数として扱うべきではない」と認めています。現代の解釈では、数値の厳密性よりも、「遺伝的制約はあるものの、個人の日々の行動選択によって幸福度を向上させる余地(Agency)は確実に残されている」というメッセージこそが、このモデルの本質的な価値であると捉えられています。
意図的行動に関連する代表的な学術研究
- Sheldon, K. M., & Lyubomirsky, S. (2006). Achieving sustainable gains in happiness: Change your actions, not your circumstances. Journal of Happiness Studies, 7(1), 55-86.
- Lyubomirsky, S., Sheldon, K. M., & Schkade, D. (2005). Pursuing happiness: The architecture of sustainable change. Review of General Psychology, 9(2), 111.
- 遺伝、環境、意図的な行動が幸福感に与える影響に関する研究をレビューし、幸福感の持続的な変化の可能性について考察した。
- 幸福感の個人差の約50%は遺伝的要因、約10%は環境要因によって説明されるが、残りの約40%は意図的な行動によって説明できる可能性がある。
- ヘドニック・アダプテーション(幸福感の慣れ)は、幸福感の持続的な変化を妨げる要因となる。
- 意図的な行動は、多様性があり、努力を要し、習慣化しやすいものであればあるほど、ヘドニック・アダプテーションを克服し、幸福感を持続的に高める効果がある。
- 幸福感の持続的な変化を達成するためには、適切な意図的な行動を選択し、それを継続的に実践することが重要である。
- Boehm, J. K., & Lyubomirsky, S. (2009). The promise of sustainable happiness. In The Oxford handbook of positive psychology (2nd ed., pp. 667-677). Oxford University Press.
- 大学生を対象に、感謝の表現、楽観性の育成、社会的比較の抑制といったポジティブな活動を6週間実践させ、幸福感への影響を調査。
- ポジティブな活動を実践した群は、統制群と比較して、幸福感が有意に向上した。
- ポジティブな活動の効果は、活動への取り組み方や動機によって異なることが示された。
- 自分に合った活動を選び、自発的に取り組むことが、幸福感を高める上で重要である。
- 幸福感を高めるためには、一時的な介入ではなく、継続的な実践が必要である。
- Sin, N. L., & Lyubomirsky, S. (2009). Enhancing well-being and alleviating depressive symptoms with positive psychology interventions: A practice-friendly meta-analysis. Journal of Clinical Psychology, 65(5), 467-487.
- ポジティブ心理学に基づく介入(感謝の実践、楽観性の育成、強みの活用など)が、幸福感を高め、抑うつ症状を軽減する効果に関する研究をメタ分析。
- ポジティブ心理学に基づく介入は、幸福感を高め、抑うつ症状を軽減する上で、有意な効果があることが示された。
- 介入の効果量は、介入の期間、参加者の特性、介入の種類などによって異なった。
- ポジティブ心理学に基づく介入は、精神的健康を増進するための有効な手段となり得る。
- 効果的な介入を実施するためには、参加者の特性やニーズに合わせた介入を選択し、適切な期間、継続的に実施することが重要である。
- Della Porta, M. D., Lyubomirsky, S., & Sin, N. L. (2012). Self-monitoring and well-being: The differential impact of recording positive versus negative experiences. Unpublished manuscript, University of California, Riverside.
- 大学生を対象に、自分のポジティブな経験を記録することと、ネガティブな経験を記録することが、幸福感に与える影響を比較。
- ポジティブな経験を記録した群は、ネガティブな経験を記録した群と比較して、幸福感が有意に向上し、ネガティブ感情が減少した。
- 自分の経験を記録することの効果は、記録する内容(ポジティブかネガティブか)によって異なる。
- ポジティブな経験に注意を向け、それを記録することは、幸福感を高める効果的な方法である。
- 日常的な経験の中でも、ポジティブな側面に目を向けることが、幸福感を高める上で重要である。
学術的な議論の総括:否定的な見解も含めて
幸福の方程式をめぐる一連の学術的議論は、私たちの幸福が「運命(遺伝)」と「環境」によってある程度規定されつつも、最終的には「自由意志(意図的行動)」による介入の余地を持つ複雑なシステムであることを示しています。
単純化された「公式」としての理解を超え、遺伝的な傾向性や順応という心理的メカニズムを深く理解した上で、適切な介入(行動習慣)を選択することこそが、科学的知見に基づいた幸福追求の姿勢と言えるでしょう。
否定的な見解・批判的検討に関連する学術研究
- Brown, N. J., & Rohrer, J. M. (2020). Easy as (un) pie? A critical evaluation of a popular model of the determinants of well-being. Journal of Happiness Studies, 21(4), 1287-1301.
- リュボミルスキーらの幸福の決定要因に関する「パイモデル」(設定値50%、意図的行動40%、環境10%)の妥当性を批判的に検討したレビュー論文である。
- このパイモデルは、方法論的な問題や理論的な根拠の欠如によって、その妥当性が疑わしいと結論づけられた。
- 特に、遺伝的要因と意図的行動の寄与率の推定値は、過大評価されている可能性が高いと指摘された。
- 意図的行動が幸福感に与える影響は、これまで考えられていたほど大きくない可能性が示唆された。
- 幸福感の決定要因を単純化しすぎる「パイモデル」に依存することの危険性が指摘され、より精緻なモデルの必要性が強調された。
- Miles, E., Sheeran, P., Baird, H., Macdonald, I., Webb, T. L., & Harris, P. R. (2016). Does self-affirmation increase acceptance of health messages and reduce alcohol consumption? A meta-analysis of experimental studies. Health Psychology, 35(9), 946-957.
- 自己肯定感を高める介入(過去の長所の振り返り等)が健康メッセージの受容と健康行動の変化に与える効果を検証した、複数の実験研究のメタ分析である。
- 自己肯定感を高める介入は、健康メッセージの受容や健康行動の変化に対して、ほとんど効果がないことが示された。
- 特に、アルコール摂取量の削減に対する効果は、有意ではなかった。
- 自己肯定感を高める介入の有効性には疑問が呈され、行動変化を促すためには、より具体的な行動計画や目標設定が必要であることが示唆された。
- ポジティブ心理学的な介入が、必ずしも健康増進に効果的ではない可能性が示された。
- Fritz, M. M., Armenta, C. N., Walsh, L. C., & Lyubomirsky, S. (2021). Gratitude facilitates well-being…or does it? Unpacking the longitudinal associations between gratitude, life satisfaction, and depressive symptoms. Journal of Experimental Psychology: General, 150(10), 2185-2205.
- 感謝の介入(感謝の日記など)が、主観的幸福感(人生満足度と抑うつ症状)に与える効果を縦断的に調べた研究である。
- 感謝の介入は、人生満足度の向上には効果を示さず、抑うつ症状に関してはベースラインより高いレベルを示す場合があった。
- 感謝介入によって、人生満足度の低い人々の満足度が一時的に低下する可能性が示唆された。
- 結果は、感謝の介入が必ずしも主観的幸福感を向上させるとは限らず、場合によっては負の影響を及ぼす可能性も示唆している。
- 感謝介入の効果は一様ではなく、個人差や介入方法、実施期間などを考慮する必要性が強調された。
- Wood, A. M., Perunovic, W. Q., & Lee, J. W. (2009). Positive self-statements: Power for some, peril for others. Psychological Science, 20(7), 860-866.
- 自己評価の低い人・高い人を対象に、ポジティブな自己陳述(例:「私は愛すべき人間だ」)が自尊感情や気分に与える影響を調査した実験研究である。
- 自己評価の高い人ではポジティブな自己陳述によって気分が改善したが、自己評価の低い人では、気分が悪化し、自尊感情が低下することが示された。
- 自己評価の低い人にとって、ポジティブな自己陳述は、自身の現状との乖離を強調し、逆効果となる可能性が示唆された。
- ポジティブ心理学的な介入が、全ての人に等しく効果的ではないことが示された。
- 個人の特性や状況に合わせて、介入方法を慎重に選択する必要性が強調された。
- Coyne, J. C., Tennen, H., & Ranchor, A. V. (2010). Positive psychology in cancer care: bad science, exaggerated claims, and unproven medicine. Annals of Behavioral Medicine, 39(1), 16-26.
- がん患者に対するポジティブ心理学的介入の有効性に関する研究を批判的にレビューした論文である。
- 多くのがん患者を対象とした研究では、ポジティブ心理学的介入(例:感謝の実践、希望の強化)は、心理的苦痛の軽減や生存期間の延長に有意な効果を示さないことが指摘された。
- これらの介入の有効性を支持する研究は、方法論的な質が低いことが指摘された。
- 効果が実証されていない介入を、がん患者に推奨することの倫理的問題が提起された。
- がん患者の心理的ケアには、エビデンスに基づいたアプローチが必要であることが強調された。
[自力で変えられる40%]:[意図的活動による幸福度向上の戦略](メイン記事へ)
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▼ 記事の主要な参照文献リスト(ワンクリック検証)
- Lyubomirsky, S., et al. (2005). Pursuing happiness: The architecture of sustainable change. 学術検索
- Lykken, D., & Tellegen, A. (1996). Happiness is a stochastic phenomenon. 学術検索
- Diener, E., et al. (1999). Subjective well-being: Three decades of progress. 学術検索
- Okbay, A., et al. (2016). Genetic variants associated with subjective well-being. 学術検索
- Sheldon, K. M., & Lyubomirsky, S. (2006). Achieving sustainable gains in happiness. 学術検索
- Lucas, R. E., et al. (2003). Reexamining adaptation and the set point model. 学術検索
- Fujita, F., & Diener, E. (2005). Life satisfaction set point: stability and change. 学術検索
- Headey, B. (2010). The set-point theory of happiness is flawed. 学術検索
- Frederick, S., & Loewenstein, G. (1999). Hedonic adaptation. 学術検索
- Lyubomirsky, S. (2011). Hedonic adaptation to positive and negative experiences. 学術検索
