【親記事はこちら】
[【価値観コンパス】人生の優先順位を決める|迷わない判断軸の作り方]についての網羅的な詳細解説(メイン記事へ)
【共同研究について】 本分野にご興味をお持ちで、専門知識や学位のある方と情報交換などができればと考えております。 ※すべてのお問い合わせへの返信はお約束できかねます。あらかじめご了承ください。 [お問い合わせフォームへ]
記事に使用した各種の学術研究・論文(その32)(重要度★☆☆)
価値観とは何か?シュワルツの円環モデルやロキーチの価値尺度、イングルハートの近代化理論など、心理学・社会学の主要理論を網羅的に解説。物質主義が幸福に与える影響やトップダウン・スピルオーバー理論、最新の学術研究論文リストも収録した詳細資料。
価値観の構造と機能に関する学術的考察
「価値観」の学術的定義と構造特性
日常言語としての「価値観」は曖昧ですが、学術的文脈において価値観は、単なる選好ではなく「行動や事象の選択・評価を導く、望ましい目標としての基準」と定義されます(Schwartz, 1992)。
その核心は、価値観が独立して存在するのではなく、互いに密接に関連し合う「システム」として機能している点にあります。ある特定の価値観を追求することは、心理的に整合する別の価値観を強化する一方で、対立する価値観を抑制するという動的なトレードオフを伴います。
つまり学術的には、価値観は「個人の行動や判断の根底にある、優先順位づけられた、普遍的な人生の目標」と理解されています。
[幸福の基盤]:自己一致と人生の満足度に関する学術的総括(メイン記事へ)
シュワルツ理論における10の基本価値とその構成要素
シャローム・シュワルツは、価値観を円環状の連続体として捉えましたが、その内容を特定するために56の具体的な項目(SVS)を用いました。これらは単なる単語の羅列ではなく、各価値領域がどのような心理的欲求に基づいているかを定義する重要な指標です。各領域の構成要素を詳細に見ることで、理論の解像度は格段に高まります。

【自己高揚(Self-Enhancement)の領域】
この領域は、個人の利益や相対的な成功を追求する動機に基づきます。
権力 (Power)は、社会的地位や威信、人々やリソースへのコントロールを重視します。具体的には、他者を動かす「社会的権力」、人々から仰がれる「権威」、物質的な成功の証としての「富」、そして自身のステータスを守るための「社会的イメージの維持」や「社会的承認」が構成要素となります。
達成 (Achievement)は、社会的基準に従って能力を示し、個人的な成功を収めることを目指します。ここでは、単に結果を出すだけでなく、野心的(Ambitious)であり、有能(Capable)かつ効率的であること、そして人や社会に影響力(Influential)を持つことが重視されます。
【変化への開放性(Openness to Change)の領域】
この領域は、独立した思考、行動、感情、そして変化への準備性を動機とします。
快楽 (Hedonism)は、有機体としての生理的ニーズや、それに伴う満足感を重視します。感覚的な「快楽」そのものや、生活を享受すること(Enjoying life)が中核的な要素です。
刺激 (Stimulation)は、覚醒レベルを維持するための新奇性や挑戦を求めます。「刺激的な人生」や、常に新しさを伴う「変化に富んだ人生」、そしてリスクを恐れない「大胆さ」がこの価値を形成します。
自律 (Self-Direction)は、自身の選択によって考え、行動し、創造することを究極の目標とします。ここには、独自の考えを生む「創造性」、他者からの干渉を受けない「自由」、自らの道を切り開く「自立」、そして世界への飽くなき「好奇心」や確固たる「自己尊重」が含まれます。
【自己超越(Self-Transcendence)の領域】
この領域は、自己の枠を超えて他者や世界全体の幸福を願う動機に基づきます。
普遍主義 (Universalism)は、すべての人々と自然の幸福を理解し、保護しようとする広範な動機です。他者の生き方を受け入れる「広い心」や「知恵」、弱者を守る「社会正義」や「平等」、そして「平和な世界」の希求が含まれます。特筆すべきは、「自然との一体感」や「環境保護」といった自然界への配慮もこのカテゴリに含まれる点です。
慈恵 (Benevolence)は、頻繁に接触する身近な人々の幸福を維持・向上させようとする動機です。困っている人を助ける「有用性(Helpful)」、関係における「正直さ」や「許し」、「忠誠」といった徳目がここに含まれます。「真の友情」や「成熟した愛」といった深い対人関係も、この価値観の表れです。
【保守(Conservation)の領域】
この領域は、現状の維持、確実性、そして社会的な秩序を重んじる動機に基づきます。
伝統 (Tradition)は、所属する集団が培ってきた慣習や概念を尊重し、受け入れることです。「伝統の尊重」や、身の程を知る「謙虚さ」、宗教的な「敬虔さ」、そして極端を避ける「中庸」といった態度が構成要素となります。
協調 (Conformity)は、他者を傷つけたり、社会規範に違反したりするような行動や衝動を抑制することを目指します。対人関係における「礼儀正しさ」や、ルールへの「従順」、誘惑に打ち勝つ「自己鍛錬」、そして「年長者の尊重」が含まれます。
安全 (Security)は、自身、人間関係、そして社会の安全性と調和を求めます。「家族の安全」や「国家の安全」はもちろん、「社会秩序」の維持、衛生的な意味での「清潔」、そして恩を仇で返さない「好意の返報」なども、安全への欲求の一部として定義されます。
円環モデルに関する公式サイト・学術記事
シュワルツの理論と円環モデルについて理解を深めるためには、以下のリソースが非常に有益です。
- 公式サイト(ヘブライ大学): The Shalom H. Schwartz Institute for the Study of Values in Society and Education
- シュワルツ氏自身の研究や関連プロジェクトに関する情報が掲載されています。
- 独創的学術論文:
- Schwartz, S. H. (1992). Universals in the Content and Structure of Values: Theoretical Advances and Empirical Tests in 20 Countries. In M. P. Zanna (Ed.), Advances in Experimental Social Psychology, Vol. 25 (pp. 1-65). Academic Press.
- これが10の基本価値と円環構造モデルを最初に提唱した、最も影響力のある論文です。学術データベース(例:Google Scholar)で検索することでアクセス可能です。
[理論比較]:シュワルツの普遍的構造と「価値観コンパス」の実践的優位性(メイン記事へ)
ロキーチの価値体系:目的と手段の哲学的区分
シュワルツに先立つ1973年、ミルトン・ロキーチは価値観を「究極的価値(Terminal Values)」と「道具的価値(Instrumental Values)」の二層構造として体系化しました。この区分は、価値観を単なる並列リストではなく、「何のために(目的)、どのように生きるか(手段)」という因果の連鎖として捉える視点を提供しました。
究極的価値(Terminal Values):人生の最終ゴール
ロキーチは、人生において最終的に到達したい「望ましい存在状態」として18の項目を特定しました。
これには、個人的な充足に関わる「幸福」「快適な生活」「達成感」「自己尊重」などが含まれる一方で、社会的な理想状態である「平和な世界」「平等」「自由」「国家の安全」なども含まれます。また、「救済(魂の救い)」や「内面の調和」といった精神的・宗教的な到達点も、この究極的価値に分類されています。これらは、私たちが「なぜ生きるのか」という問いに対する根本的な答えとなりうるものです。
道具的価値(Instrumental Values):ゴールに至るための行動様式
一方、究極的価値に到達するために好ましいとされる「行動のモード」や「性格特性」として、別の18項目が定義されました。
ここには、道徳的な徳目である「正直」「寛容」「礼儀正しい」「責任感が強い」といった要素や、能力的な資質である「有能」「論理的」「知的」「想像力豊か」といった要素が含まれます。また、「野心的」であることや「自制的」であることも、目的を達成するための重要な手段(道具)としての価値を持つとされます。
ロキーチの研究が示唆するのは、私たちが普段「価値観」と呼ぶものの中には、それ自体が目的であるものと、目的のための手段に過ぎないものが混在しているという事実です。この階層構造を理解することは、自己の価値観体系を整理する上で極めて重要な視点となります。
その他の心理学者や哲学者の視点
シュワルツ以前にも、多くの思想家が価値観について探求してきました。
- ヴィクトール・フランクル (Viktor Frankl): 精神科医であり、ナチスの強制収容所を生き延びたフランクルは、人生の「意味への意志」を最も根源的な動機としました。彼によれば、人間は①何かを創造する「創造価値」、②何かを体験する「体験価値」、そして③逃れられない運命に対してどのような態度をとるかという「態度価値」の3つの領域で人生の意味を見出すことができると説きました。
- アブラハム・マズロー (Abraham Maslow): 欲求段階説で知られるマズローは、最高次の欲求である「自己実現の欲求」に達した人々が持つ価値観をB価値(Being-values)と呼びました。これには、真、善、美、完全性、正義、簡素さなどが含まれ、人間が本質的に目指す究極的な価値と捉えました。
- 古代ギリシャ哲学: アリストテレスは、人生の究極の目的を「エウダイモニア(eudaimonia)」と呼びました。これは単なる快楽ではなく、「善く生き、善く行為すること」を意味する持続的な幸福です。彼は、勇気、節制、正義といった「徳(アレテー)」を実践することを通じて、人はエウダイモニアに到達できると考え、徳ある生き方そのものを価値あるものとしました。
大規模社会調査に見る価値観の変容:近代化理論の視点
個人の心理を超えて、社会全体の価値観がどのように変容するかを捉える試みとして、世界価値観調査(WVS)や欧州社会調査(ESS)があります。
特にロナルド・イングルハートらが提唱した「文化地図(Cultural Map)」は、社会の経済発展と価値観の変化を「近代化理論」の枠組みで説明します。彼の理論によれば、社会が貧困や生存の脅威から解放され、実存的な安全(Existential Security)を獲得するにつれて、人々の価値観は必然的にシフトします。
生存価値(Survival Values)からの脱却
生存が脅かされている段階では、経済的・物理的な安全や、集団の秩序、伝統的な権威への服従が最優先されます。WVSの調査項目では、生活満足度よりも「物理的な安全」や「国家による保護」への支持が強く現れます。これは、南欧や東欧諸国の一部で相対的に強く見られる「安全」や「伝統」を重視する傾向とも合致します。
自己表現価値(Self-Expression Values)への移行
経済的に豊かになると、人々は個人の自律、多様性の受容、環境保護、そして主観的な幸福感(Well-being)を重視するようになります。ESSのデータ分析でも、高所得国ほど「自律」や「快楽」へのスコアが高く、伝統的な規範よりも個人の選択権を重視する傾向が確認されています。
この「静的な秩序」から「動的な自律」へのシフトは、単なる好みの変化ではなく、社会構造の変化に適応するための集団的な心理戦略であると解釈されています。
日本の位置づけの深掘り解説
- 極めて高い「世俗的-合理的」スコア: これは、宗教が日常生活や政治的意思決定に与える影響が限定的であることを意味します。多くの日本人は、個人的な信仰は持ちつつも、社会のルールや個人の行動規範を宗教的教義とは切り離して考える傾向があります。また、科学技術への信頼が高く、物事を合理的・論理的に捉えることを重視する文化が背景にあります。
- 他の先進国より中程度の「自己表現」スコア: 日本は経済的に豊かであるにも関わらず、このスコアが欧米諸国ほど高くありません。集団主義と調和の重視、社会規範への同調圧力、政治的参加への消極性といった要因が、自己主張を抑制し、調和を重んじる独自の特徴を形成しています。
【価値観コンパス】各種大規模調査とのモデルの類似点や違い(メイン記事へ)
物質主義的な価値観の弊害
物質主義的な価値観が幸福度を下げやすいことは、数多くの学術調査結果が示しています。これは多くの研究に裏付けられた、非常に確かな知見です。物質主義がなぜ幸福を損なうのか、そのメカニズムについては様々な考え方がありますが、ここではM. J. Sirgy氏の論文「物質主義と生活の質」で提唱されている「トップダウン・スピルオーバー理論」を用いて解説します。
物質主義と生活の質
この論文は、物質主義的な価値観が、なぜ必ずしも人々を幸福にしないのかを理論的に説明したものです。主なポイントは以下の通りです。
- 理想と現実のギャップ: 物質主義者は、富や物質的な所有物に対して非常に高い理想を掲げがちです。しかし、現実の生活でその理想を達成することは難しく、常に「もっと良いものが手に入るはずだ」という不満を抱えやすくなります。
- 満足度の低下: この理想と現実のギャップから生じる不満は、生活の特定の側面(例えば、自分の収入や家、車など)に対する不満にとどまりません。それが、仕事、家庭生活、人間関係、健康といった、人生の他の様々な領域における満足度をも引き下げてしまうと論じています。
- 社会的比較: 物質主義者は、他人、特に自分よりも裕福に見える人々(メディアに登場するセレブリティなど、遠い存在)と自分を比較する傾向が強いです。この比較によって、自分の現状に対する不満が増幅され、非現実的な目標を設定しやすくなります。
- 幸福への道ではない: 論文は、物質的な豊かさを追求することが、必ずしも幸福に繋がるわけではないと結論づけています。むしろ、経験、人間関係、自己成長といった非物質的な価値に焦点を移すことが、より質の高い人生を送るための鍵であると示唆しています。
トップダウン・スピルオーバー理論とは?
この理論は、ある特定の領域での不満が、他の領域へとあふれ出し(スピルオーバー)、最終的に人生全体の満足度を引き下げてしまうというメカニズムを説明するものです。「トップダウン」という言葉が使われているのは、人生の全体的な評価(トップ)が、個別の領域(ダウン)の評価に影響を与えるという考え方に基づいています。
この理論を物質主義に当てはめて、より分かりやすく説明すると以下のようになります。
- 不満の発生源(トップ): 物質主義的な人は、自分の「生活水準(Standard of Living)」に対して高い理想を持っています。しかし、現実がその理想に追いつかないため、まず自分の経済状況や所有物に対して強い不満を感じます。これが不満の出発点です。
- 不満の波及(スピルオーバー): この「生活水準」に対する不満が、心の中で他の領域へとあふれ出します。
- 仕事への不満: 「もっと給料が良ければ、理想の車が買えるのに」
- 家庭への不満: 「もっと広い家に住めれば、家族ともっと幸せに暮らせるのに」
- 人間関係への不満: 「もっとお金があれば、友人たちと豪華な旅行に行けるのに」
- 全体的な幸福感の低下(ダウン): このように、特定の不満が次々と他の領域へと波及していくことで、最終的には「自分の人生はなんて満たされないんだ」という、人生全体に対する満足度の低下に繋がってしまいます。
つまり、トップダウン・スピルオーバー理論とは、物質的な所有物への過度な期待が原因で生まれたひとつの不満が、ドミノ倒しのように他の生活領域への不満を生み出し、結果として人生全体の幸福感を蝕んでいくという心のメカニズムを説明した理論です。要約すると、物質的な価値観を必要以上に強く持ちすぎると、トップダウン・スピルオーバー理論により、他の価値観にも影響を与え総合的に幸福感が薄れるということです。
[心理的メカニズム]:物質主義が幸福感を蝕む「トップダウン・スピルオーバー」の解説(メイン記事へ)
価値観についての学術調査
幸福と価値観に関連する学術調査
代表的な学術研究
- Kasser, T., & Ryan, R. M. (1993). A dark side of the American dream: Correlates of financial success as a central life aspiration. Journal of Personality and Social Psychology, 65(2), 410–422.
- 米国の成人140名と大学生192名への質問紙調査に基づく研究である。
- 富や名声といった外在的な価値観を人生の中心に置くことは、自己実現感や活力の低さと関連し、不安や抑うつといった精神的な不調と相関することを示した。
- 一方で、自己受容、他者との良好な関係、コミュニティへの貢献といった内在的な価値観を重視するほど、精神的な健康度が高いことが一貫して見出された。
- 「アメリカン・ドリーム」が象徴するような経済的成功への強い願望は、個人の幸福を保証するものではなく、むしろ精神的なウェルビーイングを損なう危険性があることを実証した。
- 物質主義的な価値観は、人間関係の質の低下や社会からの孤立を招きやすく、それが結果として個人の幸福感を蝕む一因となりうることを初めて明確に指摘した。
- Kasser, T., & Ryan, R. M. (1996). Further examining the American dream: Differential correlates of intrinsic and extrinsic goals. Personality and Social Psychology Bulletin, 22(3), 280–287.
- 米国の成人100名と大学生202名への質問紙調査に基づく研究である。
- 経済的成功、社会的承認、魅力的な外見といった外在的な人生目標を強く持つことは、幸福感の低さや、頭痛などの身体的な不調の多さと関連していた。
- 自己成長、親密な人間関係、地域社会への貢献といった内在的な人生目標を追求することは、より高い自己実現感や活力といったポジティブな幸福指標と強く結びついていた。
- 外在的目標の追求は、他者からの評価や報酬に依存しやすいため、自律性が阻害され、内面から湧き出る満足感を得ることが難しい構造であることを明らかにした。
- 人間の根源的な心理的欲求(自律性・有能性・関係性)を満たす内在的目標の追求こそが、持続可能で健全な幸福の基盤となることを理論的に説明した。
- Sagiv, L., & Schwartz, S. H. (2000). Value priorities and subjective well-being: direct relations and congruity effects. European Journal of Social Psychology, 30(2), 177–198.
- イスラエルの大学生208名と西ドイツの成人298名を対象とした質問紙調査である。
- シュワルツの価値観理論に基づき、達成、権力、刺激といった自己高揚や開放性に関連する価値観は、特に喜びや楽しさといったポジティブ感情と強く関連することを発見した。
- 伝統、協調、安全といった保守的な価値観の重視は、人生への満足度そのものよりも、不安や心配といったネガティブな感情が少ない状態と結びつく傾向が見られた。
- 個人の価値観と、その人が身を置く環境(専攻分野など)の価値観が適合していることは、幸福感を高める効果があるものの、その影響は限定的であった。
- 幸福感は、環境との適合性よりも、個人がどのような価値観を優先しているかという価値観そのものの内容によって、より強く直接的な影響を受けることを実証した。
- Oishi, S., Diener, E., Lucas, R. E., & Suh, E. M. (1999). Cross-cultural variations in the predictors of life satisfaction: Perspectives from needs and values. Personality and Social Psychology Bulletin, 25(8), 980–990.
- 39カ国、55,000人以上の大学生を対象とした大規模な国際比較データの分析研究である。
- 人生の満足度を予測する最も重要な要因は文化によって異なり、個人主義的な文化では自尊心が、集団主義的な文化では人間関係の調和が、より強く幸福感と関連していた。
- 何が人を幸せにするかという問いの答えは普遍的ではなく、その文化がどのような価値観や目標を善しとするかによって大きく異なることを統計的に示した。
- 人々が自らの人生の満足度を評価する際に用いる判断基準は、その社会の文化的な価値観によって無意識のうちに方向づけられていると結論づけた。
- この研究は、幸福のメカニズムを解明するためには、欧米中心の研究だけでなく、文化的な文脈を考慮に入れることが不可欠であることを世界に広く知らしめた。
- Sheldon, K. M., Ryan, R. M., Deci, E. L., & Kasser, T. (2004). The independent effects of goal contents and motives on well-being: a longitudinal study. Journal of Personality and Social Psychology, 86(2), 266–282.
- 米国と韓国の大学生を対象とした、学期を通しての縦断的調査(長期追跡調査)である。
- 幸福感を高める上では、「何を」求めるかという目標の内容(内在的か外在的か)と、「なぜ」それを求めるかという追求の動機(自律的か強制的か)の両方が重要であることを示した。
- 最も持続的な幸福感の向上につながるのは、自己成長などの内在的な目標を、「楽しいから」「自分にとって重要だから」といった自律的な動機で追求している状態であった。
- たとえ内在的な目標であっても、「~すべきだから」という義務感や他者からの圧力で追求している場合、幸福感を高める効果は著しく減少することが明らかになった。
- この研究は、価値観の内容だけでなく、その価値観をどのように自分のものとして統合し、追求しているかという動機の質が、ウェルビーイングを左右する鍵であることを示した。
- Dunn, E. W., Aknin, L. B., & Norton, M. I. (2008). Spending money on others promotes happiness. Science, 319(5870), 1687–1688.
- 632人の米国人を対象とした全国調査、企業の従業員16人の縦断調査、および学生46人を対象とした実験研究である。
- 個人の収入額そのものよりも、収入のうち他者のために使った金額の割合(向社会的支出)が大きいほど、幸福度が高いという強い相関関係が示された。
- 参加者に5ドルか20ドルを渡し、自分のために使った群よりも、他者のために使うよう指示された群の方が、1日の終わりにより高い幸福感を報告した。
- この効果は、与えられた金額の大小(5ドルか20ドルか)には依存せず、お金の使い道の種類が重要であることを実験的に証明した。
- 人間は、自分のためだけでなく、他者のために資源を用いることで感情的な報酬を得られるという向社会的な性質を持つことを示唆する強力な証拠を提示した。
- Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (2003). Counting blessings versus burdens: an experimental investigation of gratitude and subjective well-being in daily life. Journal of Personality and Social Psychology, 84(2), 377–389.
- 192人の大学生を対象に10週間、また別の成人65人を対象に21日間行われた日記形式の実験研究である。
- 日常の中で感謝していることを定期的に書き出した参加者は、嫌なことや単なる出来事を書き出した参加者に比べて、より高い幸福感と人生への楽観主義を示した。
- 感謝介入群は、対照群と比較して、ポジティブ感情の増加だけでなく、頭痛や風邪などの身体的な不調の訴えが少ないことも報告された。
- 感謝を実践することは、他者から助けられているという認識を深め、向社会的な行動(他者を助ける行動)を促す効果があることも示唆された。
- 幸福は単に良い出来事を待つだけでなく、感謝という意図的な認知活動を通じて、主体的に高めることができるというポジティブ心理学の基本理念を実証した。
- Dittmar, H., Bond, R., Hurst, M., & Kasser, T. (2014). The relationship between materialism and personal well-being: A meta-analysis. Journal of Personality and Social Psychology, 107(5), 879–924.
- 250以上の独立したサンプル、合計約175,000人を含む753の研究を対象とした大規模なメタアナリシスである。
- 文化や年齢、性別を問わず、富や所有物を重視する物質主義的な価値観は、主観的幸福感の低さと統計的に有意かつ一貫した負の関連を持つことが確認された。
- 特に、物質主義は人生満足度やポジティブ感情を低下させ、抑うつや不安といったネガティブな精神状態を増大させる効果が強いことを明らかにした。
- この負の関係は、人間関係の質の低下や、内在的な心理的欲求(自律性、有能性、関係性)が満たされにくいことによって媒介されることが示唆された。
- 物質主義が幸福にもたらす悪影響は、個別の研究を超えて普遍的に見られる頑健な現象であり、幸福な人生を目指す上で重要な示唆を持つと結論づけた。
- Steger, M. F., Frazier, P., Oishi, S., & Kaler, M. (2006). The meaning in life questionnaire: Assessing the presence of and search for meaning in life. Journal of Counseling Psychology, 53(1), 80–93.
- 600人以上の大学生と成人を対象とした、人生の意味を測定する新しい尺度開発研究である。
- 「人生の意味の存在(Presence of Meaning)」は、人生満足度や幸福感と強い正の相関を示し、抑うつや不安とは強い負の相関を示すことがわかった。
- 一方で、「人生の意味の探求(Search for Meaning)」は、幸福感との関連は弱く、むしろ神経症傾向やネガティブ感情と関連する場合があることを明らかにした。
- 人生の幸福にとって重要なのは、意味を探し求めるプロセスそのものよりも、現に人生に意味や目的を見出しているという感覚であることが示唆された。
- 価値観の中でも、人生に一貫した目的意識や意義を与えるような超越的な価値観を持つことが、持続的なウェルビーイングの基盤となることを示した。
- Sortheix, F. M., & Lönnqvist, J. E. (2014). Personal value priorities and life satisfaction in Europe: The moderating role of socioeconomic development. Journal of Cross-Cultural Psychology, 45(2), 282–299.
- 欧州社会調査(ESS)のデータを用い、25カ国、約47,000人の成人を対象とした国際比較研究である。
- 慈恵や普遍主義といった自己超越的な価値観を重視することは、国の経済状況に関わらず、一貫して高い人生満足度と関連していた。
- 一方、権力や達成といった自己高揚的な価値観と人生満足度との関係は、国の社会経済的発展レベルによって異なり、貧しい国ほどその関連が強かった。
- この研究は、個人と社会の価値観の一致(適合性)が重要であることを示しており、個人の価値観が幸福に与える影響は、その社会の文脈によって調整されることを明らかにした。
- 経済的に発展し、個人の自由が保障された社会では、人々は自己超越的な価値観を追求することで、より高いレベルの幸福感を得られる可能性を示唆した。
- Piff, P. K., Dietze, P., Feinberg, M., Stancato, D. M., & Keltner, D. (2015). Awe, the small self, and prosocial behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 108(6), 883–899.
- 1,500人以上を対象とした、実験室実験とオンライン調査を組み合わせた一連の研究である。
- 壮大な自然や芸術に触れた時に生じる「畏敬(Awe)」の感情は、自己の利益への関心を低下させ、他者を助けようとする向社会的な行動を促進することを実験的に示した。
- 畏敬の念を体験した参加者は、そうでない参加者に比べて、自己を「小さな自己(small self)」として認識し、より倫理的な判断を下し、寛大に行動する傾向があった。
- この研究は、自己を超越した何かとの繋がりを感じさせる価値観や経験が、個人の視野を広げ、利己主義を抑制し、利他性を高める効果を持つことを明らかにした。
- 幸福は自己の欲求充足だけでなく、自己の境界を越える経験を通じて他者や世界と繋がることによっても得られるという、新たな視点を提供した。
- Sirgy, M. J. (1998). Materialism and quality of life. Social Indicators Research, 43(3), 227–260.
- 過去の研究をレビューし、物質主義が生活の質(QOL)に与える影響のメカニズムを理論的に考察した論文である。
- 物質主義者は、現状と理想のギャップに常に不満を抱きやすく、それが人生の様々な領域(仕事、家庭、健康など)の満足度を低下させることを論じた。
- 物質的な所有物への過度な期待は、現実の生活経験から得られる満足感を損ない、結果として全体的な幸福感を蝕んでいく「トップダウン・スピルオーバー理論」を提唱した。
- 物質主義的な価値観は、経済的な豊かさではなく、むしろ心理的な不満から生じることが多く、その追求は幸福への道筋とはなりにくいことを指摘した。
- 幸福になるためには、価値観の焦点を物質的な所有から、経験や人間関係、自己成長といった非物質的な領域へと移すことが重要であると結論づけた。
- Chen, B., Vansteenkiste, M., Beyers, W., Boone, L., Deci, E. L., Van der Kaap-Deeder, J., … & Ryan, R. M. (2015). Basic psychological need satisfaction, need frustration, and need strength across four cultures. Motivation and Emotion, 39(2), 216–236.
- ベルギー、中国、アメリカ、ペルーの4カ国、合計2,551人の若者を対象とした大規模な国際比較研究である。
- 自己決定理論が提唱する基本的な心理的欲求(自律性、有能性、関係性)は、文化の違いを超えて、人々の幸福感にとって普遍的に重要であることが示された。
- これらの欲求が満たされている度合いは、文化を問わず高いウェルビーイングと関連し、逆に欲求が阻害されている状態は、精神的な不調と強く関連していた。
- 文化的価値観によって欲求充足の方法や表現は異なるかもしれないが、幸福の根源にある心理的メカニズムには普遍的な基盤があることを実証した。
- 内在的価値観が幸福につながるのは、それらの価値観の追求が、人間の生得的で普遍的な心理的欲求を満たす上で効果的だからである、という理論的背景を強化した。
- Sone, T., Nakaya, N., Ohmori, K., Shimazu, T., Higashiguchi, M., Kakizaki, M., … & Tsuji, I. (2008). Sense of life worth living (ikigai) and mortality in Japan: Ohsaki Study. Psychosomatic Medicine, 70(6), 709–715.
- 日本の高齢者43,391人を対象とした7年間にわたる大規模な前向きコホート研究(追跡調査)である。
- 「生きがい(a sense of life worth living)」を感じていると報告した人は、そうでない人に比べて、死亡リスク(特に心血管疾患や外因死)が有意に低いことが明らかになった。
- この関連は、年齢、性別、教育レベル、喫煙・飲酒習慣、身体活動量といった他の健康リスク要因を考慮しても、なお統計的に有意であった。
- 生きがいは、喜びや楽しさといった一時的な感情だけでなく、人生の目的意識や意味といった認知的な側面を含んでおり、それが長期的な健康維持に寄与することを示唆した。
- 日本文化に根差した「生きがい」という価値観を持つことが、単なる主観的な幸福だけでなく、客観的な健康指標や寿命にまで具体的な良い影響を及ぼすことを示した。
- Twenge, J. M., Campbell, W. K., & Freeman, E. C. (2012). Generational differences in young adults’ life goals, concern for others, and civic orientation, 1966–2009. Journal of Personality and Social Psychology, 102(5), 1045–1062.
- 1966年から2009年にかけて米国の高校生や大学生を対象に行われた複数の大規模調査(合計約900万人)のデータを分析した研究である。
- 若者の間で、富や名声、イメージといった外在的な価値観を重視する傾向は、時代と共に一貫して上昇し続けていることが示された。
- その一方で、コミュニティ活動への参加、社会問題への関心、他者への共感といった内在的・社会的な価値観への関心は、時代と共に低下する傾向が見られた。
- 価値観のこのような世代的なシフトは、社会全体の幸福度や社会的結束に長期的な影響を与える可能性があると警鐘を鳴らした。
- 個人の幸福は、その人が生きる時代の社会的な価値観の潮流からも大きな影響を受けるという、マクロな視点を提供した。
[利他性の科学]:他者のための行動が自己の幸福度を向上させる実証研究(メイン記事へ)
人生の価値観の不在や不統一が及ぼす影響についての学術調査
代表的な学術調査
- Steger, M. F., Oishi, S., & Kashdan, T. B. (2009). Meaning in life across the life span: Decomposing self-esteem and its relation to meaning. Journal of Positive Psychology, 4(5), 405–415.
- 米国の若者から高齢者まで8,756人を対象とした、人生の意味と幸福感の関係についての横断的オンライン調査である。
- 人生に意味や目的を見出している感覚は、年齢や性別に関わらず、人生満足度やポジティブ感情と強く安定した正の相関を持つことが一貫して示された。
- 人生の目的意識を持つことは、抑うつや不安といったネガティブな精神状態を経験する確率の低さと関連しており、心理的な緩衝材(バッファー)として機能する。
- 価値観が明確で、人生に目的意識を持つことは、日々の出来事を一貫したストーリーとして意味づけることを可能にし、それが幸福感の揺るぎない基盤となる。
- 人生の意味が欠如した状態は、単に幸福感が無いという中立的な状態ではなく、精神的な不健康や不幸と積極的に関連する危険な状態であることを明らかにした。
- Sheldon, K. M., & Kasser, T. (1998). Pursuing personal goals: Skills enable progress, but not all progress is beneficial. Journal of Personality and Social Psychology, 75(2), 492–506.
- 米国の大学生204人を対象に、学期始めに設定した目標とその達成度、幸福感の変化を追跡した縦断的調査である。
- 設定した目標が個人の興味や中核的な価値観と一致している(自己一致的)かどうかの方が、目標を達成したという事実そのものよりも、幸福感の向上を強く予測した。
- 他者からの期待や義務感から追求した目標は、たとえ達成したとしても幸福感の向上にはほとんど繋がらないか、むしろ精神的エネルギーを消耗させることがあった。
- 自分の価値観に沿った活動に時間とエネルギーを投じることこそが、持続的な満足感や自己実現感の源泉となることを実証した。
- 明確な価値観を持たず、自己と不一致な目標を追い求めることは、多大な努力を払っても心理的に報われず、不幸につながる非効率な生き方であると結論づけた。
- Luyckx, K., Schwartz, S. J., Berzonsky, M. D., Soenens, B., Vansteenkiste, M., Smits, I., & Goossens, L. (2008). Capturing chronological and individual differences in identity formation: The dual-process model of identity. Journal of Personality and Social Psychology, 95(2), 436–456.
- ベルギーの大学生と社会人初期の若者、合計1,137人を対象に、アイデンティティの状態と精神的健康の関係を調査した研究である。
- 価値観や人生の目標について深く探索し、確固たる自己のアイデンティティを確立している若者は、最も高い自尊心と幸福感、最も低い抑うつレベルを示した。
- 自分の価値観が何であるかについて混乱し、明確な方向性を持てない「アイデンティティ拡散」状態にある若者は、最も精神的に不健康であり、不安や孤立感のレベルが非常に高かった。
- 価値観の不在や混乱は、自己肯定感の欠如や対人関係の問題を引き起こし、深刻な心理的苦痛の直接的な原因となりうることを明らかにした。
- 幸福な人生を送るためには、青年期に「自分は何を大事にして生きるのか」という問いに向き合い、一貫した価値観体系を築くという発達課題が不可欠であると示した。
- McGregor, I., & Little, B. R. (1998). Personal projects, happiness, and meaning: On doing well and being yourself. Journal of Personality and Social Psychology, 74(2), 494–512.
- カナダの大学生148人を対象に、個人の目標(パーソナル・プロジェクト)の内容や構造と、幸福感との関係を分析した研究である。
- 人が追求する目標が、互いに矛盾することなく、一貫した価値観に基づいていること(構造的完全性)が、主観的幸福感と強く関連していた。
- 自分の目標に高い意味を見出し、それが「本当の自分らしい」と感じられること(自己との一致)が、人生の満足度を予測する最も強力な要因の一つであった。
- 目標や価値観が曖昧で、内的な葛藤を抱えている人は、ストレスレベルが高く、日々の活動から喜びややりがいを得ることが困難であることが示された。
- 価値観は、個人の行動を方向づけ、人生に意味と一貫性を与える羅針盤として機能し、その羅針盤がなければ心理的な幸福は達成困難であると結論づけた。
- Ryff, C. D., & Keyes, C. L. M. (1995). The structure of psychological well-being revisited. Journal of Personality and Social Psychology, 69(4), 719–727.
- 3,000人以上の米国成人を対象とした大規模な調査データを用いて、心理的幸福感の構造を分析した研究である。
- 心理的幸福感は単一の概念ではなく、「自律性」「自己受容」など6つの異なる要素から構成される多次元的なものであることを実証した。
- この中で「人生の目的(Purpose in Life)」、すなわち人生に目的と方向性を与える信念や価値観を持つことは、幸福感の中核的な構成要素であると明確に定義した。
- 人生の目的が欠如している状態は、単に幸福でないというレベルに留まらず、心理的な機能不全の一つの指標であり、他の精神的健康の側面とも強い負の相関を示した。
- この研究は、明確な価値観を持つことが幸福の前提条件や結果であるだけでなく、幸福そのものの定義に不可欠な一部であることを理論的・実証的に確立した。
[自己同一性]:価値観の不在・不統一が精神的ウェルビーイングに及ぼす影響(メイン記事へ)
人生の価値観と道徳の関連についての学術研究
代表的な学術研究
- Kohlberg, L. (1981). The Philosophy of Moral Development: Moral Stages and the Idea of Justice. Harper & Row.
- 数十年にわたり、主に少年や青年を対象に「ハインツのジレンマ」などの道徳的ジレンマを提示し、その応答を分析した縦断的インタビュー研究である。
- 人間の道徳的判断の発達は、罰への恐怖から社会契約、そして普遍的な倫理原理へと至る3つのレベルと6つの段階を経て進むという段階理論を提唱した。
- 道徳性の本質は、特定の社会規範に従うことではなく、「正義」という普遍的な価値をいかに内面化し、一貫して適用できるかにあると主張した。
- この理論は、道徳的判断が感情よりも合理的な思考や認知的な推論に基づいて行われるという「道徳的合理主義」の立場を確立した。
- 最高段階の道徳性は、法や社会の期待を超えて、個人の良心に基づき人権や正義といった普遍的原理を選択する能力であると結論づけた。
- Gilligan, C. (1982). In a Different Voice: Psychological Theory and Women’s Development. Harvard University Press.
- 大学生、中絶の意思決定に直面した女性、権利と責任について語る男女への質的なインタビュー調査に基づいている。
- コールバーグの理論が男性的な「正義の倫理」に偏っており、女性が道徳的判断で重視する「ケアの倫理」という異なる道徳的声を適切に評価できていないと批判した。
- ケアの倫理は、抽象的な権利や規則よりも、具体的な人間関係の維持や他者への責任、共感といった価値観を道徳的判断の中心に据えるものであると論じた。
- 道徳性は単一の発達経路をたどるのではなく、正義とケアという二つの異なる視点が存在し、それらは対立するものではなく相互補完的であると主張した。
- この著作は、道徳心理学におけるジェンダーの視点の重要性を提起し、関係性という価値観が道徳的思考において果たす本質的な役割を明らかにした。
- Haidt, J. (2001). The emotional dog and its rational tail: A social intuitionist approach to moral judgment. Psychological Review, 108(4), 814–834.
- 心理学、人類学、進化論、神経科学の知見を統合し、道徳的判断の新しいモデルを提唱した理論的レビュー論文である。
- 道徳的判断は、合理的な推論の結果ではなく、まず直感的・感情的な反応が生じ、その後に理論的な推論が後付けの正当化として機能するという社会直観主義モデルを提唱した。
- このプロセスを「感情的な犬(直観)がその合理的な尻尾(推論)を振る」と比喩的に表現し、道徳的判断における直観の優位性を強調した。
- 近親相姦や国旗への侮辱といったタブーな行為に対し、人々は明確な被害者がいなくても瞬時に道徳的な非難を行い、その理由を後から探す傾向があると指摘した。
- この論文は、コールバーグ以来の道徳的合理主義の流れを大きく転換させ、感情や直観の役割を道徳と価値観研究の中心に据えるきっかけとなった。
- Graham, J., Haidt, J., Koleva, S., Motyl, M., Iyer, R., Wojcik, S. P., & Ditto, P. H. (2013). Moral Foundations Theory: The pragmatic pluralism of values. Advances in Experimental Social Psychology, 47, 55-130.
- 数十万人規模のオンライン調査(YourMorals.org)や文化横断的研究に基づき、道徳基盤理論を包括的に解説したものである。
- 人間の道徳観は、文化を超えて共通する5つの生得的な心理的基盤(ケア、公正、忠誠、権威、神聖)の組み合わせからなると主張した。
- 政治的リベラル派はケア(個人の保護)と公正(個人の権利)の2基盤を強く重視するのに対し、保守派はそれらに加えて忠誠、権威、神聖(集団の維持)の3基盤も等しく重視する傾向がある。
- この理論は、なぜ政治的立場や文化によって人々が根本的に異なる道徳的価値観を持つのかを、味覚の受容体のように多元的な基盤の違いとして説明した。
- 道徳とは単に個人への危害や不公平に関するものではなく、集団の結束を高め、社会秩序を維持するという重要な機能を持つ、多元的な価値観の集合体であると結論づけた。
- Schwartz, S. H. (2007). Universalism values and the inclusiveness of our moral universe. Journal of Cross-Cultural Psychology, 38(6), 711–732.
- 欧州社会調査(ESS)の20カ国、約35,000人の成人データを用いて、個人の価値観と道徳的態度の関連を分析した研究である。
- 個人の基本的な価値観の優先順位が、誰を「道徳的に配慮すべき対象」と見なすかの範囲を決定していることを実証した。
- 寛容、平等、自然保護などを内包する「普遍主義」の価値観を重視する人ほど、移民や少数派といった社会的アウトグループに対しても道徳的関心の輪を広げる傾向があった。
- 一方で、伝統や安全、権力といった価値観を重視する人は、自らが所属する内集団(家族や国家)への道徳的責任は強いが、その道徳の適用範囲がより限定的になることを示した。
- この研究は、個人の根底にある価値観の構造が、単なる意見や態度だけでなく、道徳が誰のためにあるのかという根本的な判断の境界線を形作っていることを明らかにした。
[道徳基盤理論]:正義の基準や道徳観の「偏り」を解明する心理学研究(メイン記事へ)
人生の価値観の変化についての学術研究
代表的な学術研究
- Inglehart, R. (1997). Modernization and Postmodernization: Cultural, Economic, and Political Change in 43 Societies. Princeton University Press.
- 世界価値観調査(WVS)の長年にわたる大規模な国際比較データを分析し、社会の価値観変動に関する理論を構築した著作である。
- 経済的に豊かになり生存の脅威が減少した社会では、世代交代を通じて価値観が物質主義的価値(生存価値)から脱物質主義的価値(自己表現価値)へとシフトすると主張した。
- 若い世代ほど、経済的な安定や秩序の維持よりも、個人の自由な選択、環境保護、政治参加といった自己表現に関わる目標を重視する傾向が強いことを示した。
- この価値観の変化は、個人が年を取ることで生じるのではなく、個々人の成長期における社会経済的な安定度によって形成される、不可逆的な世代効果であると論じた。
- 近代化がもたらすこの価値観の変動は、民主主義の定着や新しい社会運動の原動力となり、世界の政治や社会のあり方を根本的に変容させると結論づけた。
- Twenge, J. M., Campbell, W. K., & Freeman, E. C. (2012). Generational differences in young adults’ life goals, concern for others, and civic orientation, 1966–2009. Journal of Personality and Social Psychology, 102(5), 1045–1062.
- 1966年から2009年にかけて米国の高校生や大学生(合計約900万人)を対象とした複数の大規模調査データを統合・分析した時系列メタアナリシスである。
- 若者の間で、富、名声、魅力的な外見といった外在的な価値観を「非常に重要」と考える割合が、時代と共に一貫して上昇し続けていることを明らかにした。
- その一方で、コミュニティ活動への参加、社会問題への関心、他者への共感といった内在的・社会的な価値観を重視する傾向は低下していることを示した。
- この価値観の変化は、ベビーブーマー世代、X世代、ミレニアル世代といった世代(コーホート)による違いであり、単に若さゆえの一時的な現象ではないと論じた。
- 現代の若者が「Me Generation(自分世代)」の傾向を強めていることを大規模な実証データで裏付け、社会的な連帯感の希薄化に繋がる可能性を指摘した。
- Sortheix, F. M., & Schwartz, S. H. (2017). Values that underlie and undermine well-being: Variability across countries. European Journal of Social Psychology, 47(7), 817-832.
- 欧州社会調査(ESS)の29カ国、約5万人の成人データを用いて、年齢と価値観の関連性を分析した大規模な横断的研究である。
- 年齢が上がるにつれて、変化への開放性(自律、刺激)や自己高揚(達成、権力)といった個人的な成長や成功を志向する価値観の重要性は低下する傾向が見られた。
- 逆に、高齢になるほど、伝統、協調、安全といった社会の安定や秩序を重んじる保守的な価値観や、慈恵といった他者への配慮を重視するようになった。
- このパターンはヨーロッパの多くの国で共通して見られ、人生の段階(ライフステージ)における社会的役割や経験の変化が価値観に体系的な影響を与えることを示唆した。
- 若者が自己の確立を求めるのに対し、年配者は築き上げた社会の維持や次世代への貢献に関心を移していくという、加齢に伴う価値観の成熟過程を明らかにした。
- Bardi, A., Buchanan, K. E., Goodwin, R., Slabu, L., & Macleavy, L. (2014). Value stability and change during self-chosen life transitions: A study of academic expatriates. Journal of Personality and Social Psychology, 106(2), 316–336.
- 留学という大きな人生の転機を経験する学術関係者89人を対象とし、1年間にわたり価値観の変化を追跡した縦断的調査である。
- 個人の基本的な価値観の優先順位の階層は、全体として非常に安定しているが、一部の価値観は特定の経験によって変化しうることが示された。
- 新しい文化環境に適応する過程で、普遍主義(多様な人々への寛容さ)や刺激といった、新しい経験や交流に関連する価値観の重要性が有意に高まった。
- 価値観の変化は、個人の主体的な選択と新しい環境からの挑戦が相互に作用する中で生じる、能動的なプロセスであることが示唆された。
- 人生の大きな転機は価値観を見直す機会となるが、中核となる価値観は驚くほど変化しにくいという、価値観の安定性と可変性の両側面を明らかにした。
- Duffy, R. D., Hanke, K., & Gensowski, M. (2019). The “good job” myth: Work value development in adolescence and early adulthood. Journal of Personality and Social Psychology, 117(4), 793–810.
- 1976年から2014年にかけて米国の高校3年生(合計60万人以上)を対象とした大規模調査のデータを、統計的手法で分析した研究である。
- 現代の若者は、過去の同年代の若者と比較して、仕事における外在的価値(高い収入、昇進の機会)をより重視し、内在的価値(仕事のやりがい)の重視度が低下している。
- また、余暇を重視する傾向が強まる一方で、社会貢献や他者の役に立つことといった利他的な仕事の価値観への関心は一貫して低下していることが示された。
- これらの変化は、若者が年を取れば変わるという年齢効果だけでは説明がつかず、育った時代背景の異なる世代(コーホート)による効果が強く影響していると結論づけた。
- 「良い仕事」の定義そのものが世代間で変化していることを示し、価値観の世代間ギャップが、企業の採用活動や組織運営において重要な課題となることを指摘した。
[成熟と変化]:年齢や世代と共に変容し続ける価値観の生涯発達解析(メイン記事へ)
対立する価値観に関連する学術研究
代表的な学術研究
- Schwartz, S. H. (1992). Universals in the content and structure of values: Theoretical advances and empirical tests in 20 countries. In M. P. Zanna (Ed.), Advances in experimental social psychology (Vol. 25, pp. 1-65). Academic Press.
- 20カ国、約25,000人を対象とした価値観調査票(SVS)のデータを多次元尺度法で分析した、価値観研究の金字塔的論文である。
- 10の基本価値が円環構造をなしており、円の反対側に位置する価値観(例:自己利益を追求する「自己高揚」と他者への配慮を重視する「自己超越」)は、動機として心理的に対立する関係にあることを実証した。
- この対立構造は文化を超えて普遍的に見られ、人間の価値観システムに内在する根本的な葛藤(例:変化を求める動機vs安定を求める動機)を反映している。
- 個人が何か重要な選択をする時、それは常にある価値観を優先し、対立する別の価値観をある程度犠牲にするというトレードオフの過程であることを理論的に示した。
- この価値観の構造モデルは、個人の内的な意思決定の葛藤から、社会レベルでのイデオロギー対立まで、様々な価値観の対立を分析するための基礎的枠組みを提供した。
- Maio, G. R., Pakizeh, A., Cheung, W. Y., & Rees, K. J. (2009). Changing, priming, and acting on values: Effects of the autonomous versus controlled context. Journal of Personality and Social Psychology, 97(1), 59–74.
- 大学生を対象に、対立する価値観を同時に想起させる(プライミングする)などの手法を用いた一連の実験研究である。
- 人は、対立する二つの価値観(例:平等を重んじる気持ちと、個人の自由を重んじる気持ち)を同時に意識させられると、態度の両価性(アンビバレンス)が高まり、行動への確信が低下することを示した。
- 内面的な価値観の対立は、意思決定における認知的な負担を増大させ、どちらの選択肢も選びがたいと感じさせたり、行動そのものをためらわせたりする原因となる。
- 説得的コミュニケーションにおいて、相手が持つ価値観の対立を巧みに指摘することは、相手の態度を揺さぶり、変容を促す上で効果的な戦略になりうることを示唆した。
- 個人の内的な価値観の葛藤は、単なる思考上の問題ではなく、実際の行動を抑制したり不安定にさせたりする具体的な効果を持つという、重要な関連を明らかにした。
- Tetlock, P. E., Kristel, O. V., Elson, S. B., Green, M. C., & Lerner, J. S. (2000). The psychology of the unthinkable: Taboo trade-offs, forbidden base rates, and heretical counterfactuals. Journal of Personality and Social Psychology, 78(5), 853–870.
- 大学生や成人参加者にジレンマ状況を提示し、その意思決定や感情的反応を測定する一連の実験研究である。
- 人々は、お金で測れないとされる「神聖な価値観」(例:人の命、愛、友情)を、世俗的な価値観(例:金銭、時間)と比較考量することを「タブーなトレードオフ」と見なし、強い怒りや道徳的な嫌悪感を示した。
- このようなタブーな選択を迫られた人々は、自らの道徳性を証明するため、道徳的な浄化行動(例:ジレンマを提示した相手を罰する、より厳しい倫理判断を下す)に走る傾向があった。
- 価値観の対立の中でも、神聖な価値観が関わる対立は、単なる損得勘定では解決できず、激しい感情的・道徳的反発を引き起こすという特殊な性質を持つことを示した。
- 社会における多くの解決困難な対立(例:環境保護vs経済発展、医療資源の配分)の根底には、この神聖な価値観と世俗的な価値観の衝突が存在することを明らかにした。
- Gelfand, M. J., Raver, J. L., Nishii, L., Leslie, L. M., Lun, J., Lim, B. C., … & Yamaguchi, S. (2011). Differences between tight and loose cultures: A 33-nation study. Science, 332(6033), 1100–1104.
- 33カ国、約7000人を対象とした大規模な国際比較調査と、各国の生態学的・歴史的データを統合した分析研究である。
- 世界の文化は、社会規範が厳格で逸脱への罰が厳しい「タイトな文化」と、規範が緩やかで逸脱に寛容な「ルーズな文化」に分類できることを実証した。
- タイトな文化(例:日本、ドイツ、シンガポール)は安全や秩序、協調という価値観を重視し、歴史的に災害や紛争などの脅威に多く晒されてきた傾向があった。
- ルーズな文化(例:アメリカ、オランダ、ブラジル)は自律や変化への開放性、自由という価値観を重視し、脅威が少なく安定した社会で発展してきた傾向があった。
- 多くの国際紛争や文化摩擦、あるいは国内の意見対立の根底には、社会の秩序(タイトネス)と個人の自由(ルースネス)という、根本的な文化的価値観の対立が存在することを明らかにした。
[文化的背景]:タイトな文化とルーズな文化が個人の価値判断に与える影響(メイン記事へ)
【学術的根拠の検証(検索ポータル)】
※本文中の気になる出典をコピーして、下の窓に貼り付けて検証いただけます。
▼ 記事の主要な参照文献リスト(ワンクリック検証)
- Schwartz, S. H. (1992). Universals in values. 学術検索
- Schwartz, S. H. (2012). basic values theory. 学術検索
- Inglehart, R., & Welzel, C. (2005). Modernization and Democracy. 学術検索
- Kasser, T. (2002). Price of Materialism. 学術検索
- Dittmar, H., et al. (2014). materialism well-being meta. 学術検索
- Inglehart, R. (1997). Modernization and Postmodernization. 学術検索
- Burroughs, J. E., & Rindfleisch, A. (2002). Materialism conflicting values. 学術検索
- Welzel, C. (2013). Freedom Rising human empowerment. 学術検索
- Sagiv, L., & Schwartz, S. H. (2000). Value priorities well-being. 学術検索
- Richins, M. L., & Dawson, S. (1992). consumer values materialism. 学術検索
